月光 【爆豪勝己】

Story

side 緑谷

「ねぇ、本当に行くの?やめとこうよ…」
「なーに怖がってんだよ耳郎!お前そーいうとこだけ女っぽいのな!」
「うるさい」

少し怯えている様子の耳郎さんを茶化した上鳴くんは彼女のイヤホンジャックの制裁を受ける。可哀想だけど自業自得だ。周りの僕らはあはは、と苦笑いをこぼすしかない。


「あっ、もうすぐだよ!」
そんな芦戸さんの声に視線をあげたその先は……


『第一音楽室』


……僕ら1-Aは、今日、肝試しに来ている。

事の始まりは今朝、あるクラスメイトの発言だった。

『そういえば、第一音楽室に幽霊が現れるとか』
『マジ!?』
『ええ。私はそういうものに疎いのですが、なんとも、無人の音楽室でピアノが鳴り響くそうですよ』
『ガッポォォイ!!!』
『…ありがちだね…』


そのクラスメイト、[漢字]雲雀[/漢字][ふりがな]ひばり[/ふりがな] [漢字]琴音[/漢字][ふりがな]ことね[/ふりがな]の一言で肝試し決行が決まったのは驚きだったけれど、彼女がそんなことを言うのは滅多に…いや、皆無と言っても等しい。だからこそ、クラスメイト20人の興味をひいたんだろう。


僕とかっちゃんの幼馴染みでもある琴音は、いわゆるリアリストで、幽霊や超常現象を全く信じない。幼い頃も、一緒に僕の家で遊んでいていきなり心霊番組が流れても、怯えて泣き出す僕を尻目に、動じることなくチャンネルを変えていた。
その上、琴音は世界的に有名な数々のピアノコンクールで最優秀賞を総ナメにしている。彼女が発した音で相手を感化させる『個性』の影響もあるのだろうが、それを抜きにしても琴音のピアノは聴く人を魅了する。それこそ、何かにとり憑かれたかのように。



そして上鳴くんや芦戸さん曰く、『そんな雲雀が興味を示したのならば行ってみよう』とのこと。



そんなわけで、僕たちは第一音楽室に向かっている。かっちゃんが来てるのは意外だけど言いだしっぺの琴音は『先生とお話があるので……すみません…』と不在だ。

(まぁ、可愛かったからいいんだけど……ッ!?)


突如鳴響く、ピアノの音。
騒がしかった廊下が一瞬で静まりかえって、さらにピアノの旋律を際立たせる。


ゆったりとしたメロディのなかには、静かな激情がたぎっている。
どこかで聴いたことのあるこの曲は……


「………月光、ですわね」


月光、第一楽章。
………琴音が一番好きな曲。


まるで旋律に身体が操られているかのように、僕たちはその場から一歩も動けないでいる。

そんな中、ただ一人、重々しい足取りで音楽室に近付いていったのは。

「かっちゃん…?」
「おい爆豪!やめとけって!」
「うるせぇ!!テメェらは帰ってろ!」
「でも、」


クラスメイトの制止も聞かず進むかっちゃんの後ろ姿に、あぁ、と全てが分かった気がした。
始めこそ、なんでかっちゃんがこの場にいるか不思議だったけれど。


…『そのせい』なら、しょうがないか。
だってかっちゃんは、誰より『彼女』を……


「帰ろっか、皆」
「はぁっ!?でも爆豪が…」
「かっちゃんならきっと大丈夫だよ」
「…まぁ、な…」
「帰るかー」
「だね~爆豪が帰ってきたら聞こっかぁ」
「琴音ちゃんにも教えなあかんし」


素直で心優しい1-Aの皆は、僕がそう言うとすんなり来た道を引き返そうとしてくれる。


それに混ざって僕は幼馴染み二人のことを考える。


……神様が本当にいるのなら。





どうか、


彼女たちに、明るい明日を。







side爆豪


聴いてるだけで胸糞悪くなるような音をたどった先は音楽準備室。

クソ…気味悪ィ事しやがって……


派手に音を立てて扉を開き、後ろ手に閉じてから鍵を閉める。その間、突然侵入してきた俺を排除するかのようにピアノのメロディは荒く、重く、激しい音になっていく。その分、俺の頭ン中がグチャグチャになる。

あぁ、本当にこいつは気色悪ィ。



視線を上げた向こう。



古ぼけた電子ピアノの椅子に腰掛けて、一心不乱に「月光」を弾く後ろ姿。


降り乱される黒髪は薄暗い室内でも光っているように見えるほど艶めき、心なしか甘い香りが漂ってくる。その合間から覗く制服はここ、雄英高校……それもヒーロー科のもの。


……やっぱりな。

この『月光』は幽霊なんかのせいじゃねぇ。










「………おい、琴音。テメェの仕業だろうが」






俺の言葉が届いたのか知らねぇが。

琴音は手を止めて、音もなくこちらを振り向く。



「ばれちゃった」
そして眉を寄せて悪戯をしたガキのようにはにかんだ。
その瞳には、光が灯らない。





クソ…ンだよ、そんな面しやがって…

ようやく頭痛がおさまったのによォ…



「何が『ばれちゃった』だ。ンなこと、俺は最初っからわかってたンだよ」
「だよね。勝己ならわかるよなぁって思ってた」
「…………じゃあ」




何で。




何で。



「何で、お前はこんなくだらねぇことしとンだ」
「……………さぁね」
「噂……知ってンだろ…」
「当たり前じゃない。だって、私が広めたもの。第一音楽室の幽霊ってね。
まぁ正確には、カモフラージュのために音楽準備室にいたから、第一音楽準備室の幽霊……かな?」



おもしろいでしょ、と鈴の音のように笑う声に、喉まで何かがこみあげてくる。

クソッ!こいつの前でだけは、弱ェとこみせらんねぇのに、こいつは……!


「…幽霊に、なりたいってか」
「うん、そうね。なりたい」
「………は?」






「ずっとね。生きるのが、辛かった。
期待に応えるのが、辛かった。
重圧に耐えるだけの毎日で、私にはピアノしか生きる道がないんだって、ずっと、ずぅぅっと、思ってた」


琴音の目が、僅かに伏せられる。
影が色を濃くし、一層、こいつの表情を暗くする。


「勝己と出久と会って、ヒーローに憧れる二人を側で見てきて、その熱意が眩しくて苦しかった。他の人は『目標』が『原動力』になってるのに、私のピアノは私を縛り付けるだけ。
雄英に入っても、それは変わらなかった。それどころか、皆がヒーローになろうって頑張ってる姿を見て、自分の居場所を見失うのを感じた。『夢』の無い私は、ここにいちゃいけない…って」
「ンなことねぇよ」
「……勝己は優しいね。ずっと、私なんかに優しくしてくれた。出久もみんなもそう。笑顔を向けてくれた」
「じゃあ、なんで、」


琴音は、伏せていた顔を上げ、フワッと、生気の無い瞳で微笑んだ。



「私が弱いから、逃げてしまいたいだけ」





『……勝己くんは、弱いんだ。弱いのがばれないように、怒って、威張って、逃げてるんだ』


幼い日の、思い出。


『ハァ!?そんなんじゃねーし!』
『じゃあ、なんでピアノのお教室来てくれないの?』
『…それは…』
『ねぇ勝己くん。お願い、やめないで…』





『ひとりはこわいよ。さみしいよ……』








気付けば俺は琴音を押し倒して。

大粒の涙をこぼしていた。



「……勝己」
「うるせぇ!」

あァ。
(…俺はコイツに、毒されている)



「なんで、泣いてるの…」
「うるせぇよ……」


枯れることを知らない涙は、俺の頬をつたって琴音を濡らす。一生分の涙を流してンじゃねぇかと思う位だが、コイツに情けねぇ姿を見せちまっただとか体裁だとかは考えてらんねぇ。





「………勝己」
「…俺だって」









「俺だって辛ェよ…!」







ぼやける視界のなかで、琴音の目が見開かれるのがわかった。


「かつき、」
「俺も辛ぇし弱ぇよ!だからオールマイトに選ばれたデクに追い抜かれそうになった…そのオールマイトも俺が終わらせちまった…!」


今でも、夢に見る。
オールマイトの最後の姿。
デクに未来を託した言葉。
あん時のデクの表情。


『平和の象徴』が崩れ出した音。



目が覚めると、無力感に襲われる。
俺がもっと強かったら、全て起こらなかったかもしれない。
でも、それは叶わない。




「それでも……憧れるモンがあるなら…目標があるなら、全てを糧にして、生きていかなきゃならねぇ…」
「……」
「琴音、お前は小せぇ頃からピアノばっかの毎日だった。期待に押し潰されそうなのも、なんとなくわかってた」
「嘘…」
「舐めンじゃねぇよ。だから俺はピアノをやめなかったンだわ」



琴音の瞳は戸惑うように右往左往してる。ついでに口も金魚みたいに開閉している。
久しぶりの『人間のような反応』にわけもわからず安堵し、力を抜いて琴音に覆い被さるように抱き付いた。


「か、勝己…!離して…」
「お前、言ったよな。『ひとりはこわいよ。さみしいよ』って」
「なんで、それを、」
「覚えてたンだわ、ボケ」
「……ごめん」


チッ…と舌打ちしようとしてやめた。息を吸い込んだら間近で甘い香りがした。震える声が俺の鼓膜を直に揺らしたように感じた。いつの間にか、涙は止まっていた。


「お前は、確かに弱ェよ。
でもよォ。そんならこれから強くなりゃいい。校訓、『Plus Ultra』、忘れたんか。壁なんざ、ぶち破っていきゃいいじゃねぇか。
辛いなんて、誰だって思うだろ。簡単に諦めンな。もがけ」
「でも……」
「……安心しろ。目標なんて、すぐ見つかる。それに、お前は一人じゃねぇよ」







「今までずっと、俺が一緒にいてやったじゃねぇか」
「ッ…………!!」







グッと下にある身体が強ばって、しばらくしてから迷うように細い指が薄い布越しに皮膚に触れた。
その瞬間。



「…かつき…っ」
「……ン」


強い力で抱きしめ返されて、肩に顔を押し付けられるのを感じた。
しゃくりあげるように揺れる華奢な身体は、少し力を強めたら折れそうだと思っていたが、違うようだった。



(……コイツも、ヒーロー科なんだったよな)




俺は頬を緩め、抱きしめる力を強くした。




ーーーーーーーーーーーーーーー


「……勝己、よく『月光』だってわかったね」
「当たり前ェだわ舐めンなクソ」
「弾けたっけ?」
「弾けるわ!」


泣きはらした目が「じゃあ弾いてみなさいよ」と挑発するように光っている。

クッソ……!!



電子ピアノの椅子に腰掛け、そっと鍵盤に指をのせる。
相当ブランクがあるが…大丈夫だろ。


放課後になってだいぶ経つ。校内に残ってる奴は少ねぇはずだ。だからか、ピアノの音はよく響いてるような気がした。



「………へたくそ」
「テメェェ……」



ふふ、と笑って怒りで手を止めた俺の隣に座り、琴音も鍵盤に手をかける。


そして奏でたのはデタラメなメロディ。
構成も調もなにもかも適当で、変になりそうだった。


「お前の方が下手じゃねぇか」
「あえてこうしてるんだよ」




わかってないなぁ、とすかした態度に腹がたったが、琴音の顔を見て、そんな気も失せた。


コイツ、初めて心から笑ってる。目に、光が宿っている。


まるで、ピアノの弾くのが楽しいかのように。

(いや、楽しいンだろうな)



それに気付くと、不思議と俺も気分がよくなる気がした。

少しぐらいなら、デタラメな音楽にも、付き合ってやったっていい。



俺はもう一度、鍵盤に乗る指に、力をこめた。
   

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読んでくださり、ありがとうございました。

2020/09/26 23:33 Bluemoon

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